2026/6/28
技術継承にAIを活用する方法|製造業・専門職の知識を守る
技術継承にAIを活用する方法を、製造業から専門職まで業種横断で解説。ものづくり白書のデータ、ライオン×NTTデータ等の事例、生成AIやRAGの具体的な活用法と導入ステップを紹介します。
2024年版ものづくり白書(経済産業省・厚生労働省・文部科学省)によると、製造業における34歳以下の若年就業者数は、2002年の384万人から2023年には259万人まで減少しています。一方、団塊世代はすでに75歳を超え、ベテランの大量退職が現実のものとなっています。
技術継承の問題は製造業だけのものではありません。建設、医療、士業、営業など、あらゆる業種でベテランの経験や勘に支えられてきた業務が、後継者不足によって維持困難になりつつあります。
こうした中で注目されているのが、AIを活用した技術継承です。従来のOJTやマニュアルでは伝えきれなかったベテランの暗黙知を、生成AIやRAGを使ってデジタル化し、組織の資産として蓄積する取り組みが広がり始めています。
この記事では、技術継承が困難になっている背景を整理した上で、AIを活用した4つの継承パターンを業種横断で解説します。
技術継承がなぜ難しくなっているのか
「教える余裕がない」という構造問題
技術継承が進まない最大の理由は、「教える側のベテランが忙しすぎる」という単純な構造問題です。人手不足でベテラン自身が現場の最前線に立ち続けているため、後進を指導する時間が確保できません。
厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」では、人材育成に何らかの問題があると回答した事業所(全体の79.9%)のうち、「指導する人材が不足している」が59.5%、「人材育成を行う時間がない」が47.4%に達しています。
暗黙知の壁
技術継承が難しいもう一つの理由は、継承すべき知識の多くが暗黙知として存在していることです。暗黙知とは、経験や勘に基づく知識で、本人でさえ言語化が難しいものを指します。
「この素材は触れば品質がわかる」「この音がしたら要注意」「この顧客には最初の提案を少し高めに出す」——こうした知識はマニュアルに書きにくく、OJTで横について見なければ伝わらないのが実情です。
暗黙知には「手順型」「判断型」「価値観型」の3つのタイプがあり、それぞれに適した継承方法が異なります(詳しくは暗黙知をAIで継承する方法の記事で解説しています)。
「見て覚えろ」文化の限界
日本の技術継承は伝統的に、長期間のOJTを通じて「見て覚える」方式が主流でした。この方式は、時間と人員に余裕がある環境では有効でしたが、人手不足と離職率の上昇によって機能しなくなっています。
2024年版ものづくり白書によると、ものづくり企業でデジタル技術を活用している割合は2019年の5割弱から2023年には8割を超えています。現場のデジタル化は進んでいる一方で、技術継承のデジタル化は依然として遅れているのが現状です。
業種別に見る技術継承の課題
技術継承の課題は業種によって性質が異なります。自社の課題がどこにあるかを把握した上で、適切な対策を選ぶ必要があります。
製造業
継承が難しい知識の中心は、設備の調整ノウハウ、品質判定の勘所、異常検知の経験則です。五感に基づく判断(音、振動、色、手触り)が多く、テキスト化が最も難しい領域です。近年はセンサーデータやモーションキャプチャによるデジタル化が進んでおり、2024年版ものづくり白書では、従業員数39名の今野製作所が溶接加工の教育訓練でモーションキャプチャを導入し、熟練技能者の動作を可視化した事例が紹介されています。
建設・工事業
現場ごとに条件が異なるため、「この地盤ならこう対応する」「この天候ではこの工法に切り替える」といった状況判断型の暗黙知が多い業種です。現場写真や作業日報に知識が分散しており、体系的な整理ができていないケースが目立ちます。
士業・専門サービス業
法務、税務、コンサルティングなどでは、「この条文をこの事例にどう適用するか」という判断型の暗黙知が中心です。過去の案件対応の記録が個人のファイルやメールに埋もれていることが多く、組織として蓄積・活用する仕組みが不足しています。
営業・顧客対応
「この顧客にはこのタイミングで連絡する」「この業界にはこの提案の切り口が刺さる」といった経験則は、トップ営業の頭の中にだけ存在しがちです。CRMに記録される定量データとは別に、定性的な営業ノウハウの継承が課題です。
人事
採用面接での候補者の見極め、社員教育やオンボーディングの進め方、評価面談やマネジメントにおける部下への関わり方など、人事領域にもベテラン担当者の暗黙知が多く存在します。「この経歴の候補者は面接でここを掘り下げる」「この段階の社員にはこう伝える」といったノウハウは、リクルート・社員教育・マネジメントの質を左右しますが、担当者個人の経験則にとどまりがちです。採用基準や面談記録、研修ノウハウを文書化・データ化し、組織として継承できる形にすることが課題です。
医療・介護
患者への対応、症状の読み取り、急変時の判断など、経験に基づく知識が品質に直結する領域です。医療はエビデンスベースの知識体系がある一方で、「教科書に載っていない臨床の勘」の継承は依然として属人的です。
AIを活用した技術継承の4つのパターン
AIによる技術継承は、暗黙知のタイプと業務特性に応じて4つのパターンに分かれます。
パターン1:ドキュメント検索AI(手順型の暗黙知向け)
既存のマニュアル、手順書、作業記録、対応履歴をRAGシステムに取り込み、社員が自然言語で検索できるようにする方法です。「○○の設定変更の手順は?」「前回○○のトラブルが起きたとき、どう対応した?」と質問すると、AIが関連する文書を検索し、出典付きで回答します。
最も導入ハードルが低く、既存のドキュメントがある程度整備されている組織であれば、比較的短期間で効果を得られます。
パターン2:ベテランインタビューAI(判断型の暗黙知向け)
ベテランへのインタビューを通じて判断基準を言語化し、それをAIの学習データとして構築する方法です。パターン1との違いは、既存のドキュメントではなく「まだ文書化されていない知識」を対象にする点です。
ライオンとNTTデータが2024年6月に開始した暗黙知伝承の取り組みは、このパターンの代表的な事例です。衣料用粉末洗剤の製造プロセスにおいて、文書化されていない熟練者の暗黙知を抽出し「勘所集」として文書化した上で、生成AIを活用した「知識伝承AIシステム」に取り込んでいます(出典:NTTデータ プレスリリース、2024年6月3日)。
具体的には、ベテランに対して「この場面ではどう判断しますか?」「なぜその方法を選びますか?」と聞き取りを行い、その内容をテキスト化してRAGに組み込みます。知識抽出インタビューの具体的な手法は暗黙知をAIで継承する方法の記事で詳しく解説しています。
このパターンは知識抽出に手間がかかりますが、「マニュアルには書かれていないが業務に不可欠な判断基準」を組織の資産として残せる点で効果が大きいアプローチです。
パターン3:動作分析AI(身体技能向け)
製造業や建設業など、身体動作に基づく技能が重要な業種で有効なパターンです。カメラやセンサーで熟練者の動作を記録し、AIが動作パターンを分析・数値化します。
2024年版ものづくり白書で紹介されている今野製作所の事例では、モーションキャプチャを使って熟練技能者の溶接動作を可視化し、若手の技術力強化と技能継承に活用しています。動作の角度、速度、圧力などを数値化することで、「見て覚えろ」では伝わらなかった微細な差異を客観的に示せるようになります。
ただし、このパターンはセンサーやカメラの設置が必要であり、初期投資が他のパターンに比べて大きくなります。三菱総合研究所の「匠AI」のように、データ分析とコンサルティングを組み合わせて暗黙知の形式知化を支援する専門サービスも存在しますが、現時点では導入事例は限定的です。
パターン4:パーソナルAI(価値観・判断哲学の継承向け)
ベテランや経営者の発言、行動原則、判断の背景にある価値観をAIに学習させ、対話型で参照できるようにする方法です。「この案件、先輩ならどう考える?」と問いかけると、その人物の思考パターンに基づいた回答を得られる仕組みです。
このパターンは技術そのものの継承というより、「なぜその技術を重視するのか」「品質に対してどういう姿勢で臨むか」といった価値観の伝達に適しています。経営者の理念継承に活用する場合は「社長ボット」として構築されることもあります(詳しくは社長ボットとは?の記事で解説しています)。
技術継承AI導入の5ステップ
ステップ1:継承すべき技術の棚卸し
まず、組織内のどの技術・ノウハウが属人化しているかを洗い出します。「この人が辞めたら最も困る業務は何か」というシンプルな問いを各部門の管理職に投げかけるだけでも、優先順位が見えてきます。リスクの高さ(代替不可能度)と発生頻度(使用頻度)の2軸でマッピングすると、着手すべき領域が明確になります。この属人化の棚卸しの考え方は属人化を解消する方法の記事でも詳しく解説しています。
ステップ2:暗黙知のタイプを分類する
棚卸しした技術ごとに、手順型・判断型・価値観型のどれに該当するかを分類します。分類に迷った場合は「それを文書に書けるか?」と問いかけてください。書ける → 手順型、条件付きで書ける → 判断型、書けない → 価値観型、というのが大まかな目安です。
ステップ3:適切なAI活用パターンを選ぶ
暗黙知のタイプと、組織の現状(既存ドキュメントの量、IT環境、予算)に応じて、前述の4パターンから最適なものを選びます。多くの場合、パターン1(ドキュメント検索AI)から始めるのが現実的です。既存の文書が少ない場合は、パターン2(ベテランインタビューAI)から入り、知識の抽出と文書化を同時に進めます。
ステップ4:小さく始める
最初から全社展開を目指すのではなく、特定の部門や業務に限定してPoCを実施します。対象は「属人化リスクが高く」「ベテランの協力が得やすい」領域を選ぶのがポイントです。ベテラン本人の協力なしにAI化は進められないため、「あなたの知識を会社の資産にしたい」という目的を丁寧に共有することが重要です。
ステップ5:運用と継続的な改善
AIシステムを構築して終わりではなく、継続的にデータを追加・更新していく運用体制が必要です。新しい技術やプロセスの変更があれば、それに合わせてAIの学習データも更新します。半年〜1年ごとの定期レビューを設け、AIの回答精度と利用状況を確認する仕組みを組み込むのが理想的です。
AIだけでは解決できないケース
技術継承の課題すべてをAIで解決できるわけではありません。以下のケースでは、AIの導入よりも先にやるべきことがあります。
OJTの体制が未整備の場合。 そもそも教育訓練の仕組み(担当者の選任、教育計画、評価基準)が存在しない場合、AIを導入しても使いこなせません。まずは基本的なOJTの枠組みを整えた上で、その効率化手段としてAIを位置づけるべきです。
継承すべき技術が明確でない場合。 「何を継承すべきかがわからない」段階では、AIの導入は時期尚早です。まずはステップ1の棚卸しに時間をかけ、優先順位を明確にすることが先決です。
ベテラン本人が協力的でない場合。 AIによる技術継承は、ベテランへのインタビューやデータ提供が前提になります。本人が「自分のノウハウを出すことに抵抗がある」「AIに仕事を奪われるのではないか」と感じている場合、無理に進めると形だけの取り組みになります。ベテランの知識を組織に残すことが本人の評価につながる仕組みを用意した上で協力を仰ぐ必要があります。
まとめ
技術継承の問題は、人手不足と高齢化が進む中であらゆる業種に共通する経営課題です。従来のOJTやマニュアルだけでは対応しきれない時代に、AIは暗黙知を形式知化し、組織の資産として蓄積するための有力な手段になります。
AIの活用パターンは、暗黙知のタイプによって異なります。手順型にはドキュメント検索AI、判断型にはベテランインタビューAI、身体技能には動作分析AI、価値観にはパーソナルAIと、課題に応じた使い分けが重要です。
まずは「この人が辞めたら最も困る技術は何か」を特定し、暗黙知のタイプを分類するところから始めてください。多くの場合、既存のドキュメントを検索可能にするパターン1が最も手軽な第一歩です。
テラバースでは、社内ナレッジの検索AIからベテランの判断基準を継承するチャットボットまで、技術継承の課題に応じた生成AIソリューション開発を提供しています。技術継承のAI化にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。
