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2026/6/27

暗黙知をAIで継承する方法|ベテランのノウハウをデジタル化

暗黙知をAIで継承する方法を解説。ベテランのノウハウを形式知化する手順、インタビューによる知識抽出の進め方、RAGやチャットボットの活用法を、ライオン×NTTデータ等の事例とともに紹介します。

「あの人の頭の中にある知識を、なんとか残せないか」——ベテラン社員の退職を前に、多くの企業がこの問いに直面します。

2022年版ものづくり白書(令和3年度)によると、製造業の就業者数は約20年間で157万人減少しており、若年就業者数も同期間で121万人減少しています。製造業だけでなく、あらゆる業種でベテランが持つ知識やノウハウ(暗黙知)の喪失リスクが高まっています。業種別の技術継承の課題と、AIを活用した継承パターンの全体像は技術継承にAIを活用する方法で整理しています。

従来、暗黙知の継承はOJTやマニュアル整備に頼ってきましたが、厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」では、人材育成に何らかの問題があると回答した事業所(全体の79.9%)のうち、59.5%が「指導する人材が不足している」と回答しています。教える側のリソースが足りない中、AIを活用して暗黙知を形式知化し、組織の資産として蓄積するアプローチが注目されています。

この記事では、暗黙知とは何かを整理した上で、AIを活用した暗黙知継承の具体的な方法をステップごとに解説します。

暗黙知と形式知の違い

暗黙知とは、個人の経験や勘に基づく知識で、言語化が難しいものを指します。対して形式知とは、文書・数式・図表などで表現され、誰でも参照できる状態の知識です。暗黙知という概念はもともと哲学者マイケル・ポランニーが提唱したもので、これを一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が経営学に応用し、暗黙知と形式知の相互変換をSECIモデルとして体系化しました。

SECIモデルでは、組織の知識創造は「共同化(暗黙知を共有する)→ 表出化(暗黙知を形式知に変換する)→ 連結化(形式知同士を組み合わせる)→ 内面化(形式知を暗黙知として体得する)」の4段階で循環するとされています。暗黙知のAI化は、このうち「表出化」のプロセスをテクノロジーで加速する試みです。

ただし、すべての暗黙知がAI化に向いているわけではありません。暗黙知には性質の異なる3つのタイプがあり、それぞれに適した継承方法が異なります。

暗黙知の3タイプとAI化の適性

暗黙知は、その性質によって「手順型」「判断型」「価値観型」の3つに分けられます(詳しくは属人化を解消する方法の記事で解説しています)。本記事では、それぞれのAI化の適性と具体的な方法を掘り下げます。

手順型の暗黙知 ——AI化の適性:高い

「どうやるか」に関する知識です。業務の手順、操作のコツ、作業の順序やタイミングなどが該当します。このタイプは比較的言語化しやすく、AI化の難易度も低いのが特徴です。

AI化の方法としては、手順をテキストや動画で記録し、それをRAGシステムに取り込んで社内チャットボットで検索可能にするアプローチが一般的です。「○○の操作手順は?」と質問すると、該当する手順書の内容を出典付きで回答するような仕組みを構築できます。

ライオンとNTTデータが2024年6月に開始した暗黙知伝承の取り組みでは、衣料用粉末洗剤の製造プロセスにおいて、熟練者のノウハウを「勘所集」として文書化し、生成AIを活用した「知識伝承AIシステム」に取り込んでいます(出典:NTTデータ プレスリリース、2024年6月3日)。新規参画メンバーがこのシステムを参照することで、熟練者の知識を効率的に活用できる仕組みです。

判断型の暗黙知 ——AI化の適性:中程度

「どう判断するか」に関する知識です。状況に応じた意思決定の基準、例外対応のルール、異常値の見分け方などが該当します。「この数値が普通より少し高いが、この季節ならこの範囲は正常」といった経験則は、本人でさえ明確に言語化できないことが多いのが特徴です。

AI化には、まず判断基準を言語化する「知識抽出」の工程が不可欠です(後述の「知識抽出インタビュー」セクションで詳しく解説します)。抽出した判断基準をRAGのデータベースに組み込めば、AIが類似の判断場面で参考情報を提示できるようになります。

ただし、判断型の暗黙知は文脈依存性が高いため、AIの回答がすべての場面で正しいとは限りません。AIの回答はあくまで「ベテランならこう判断する可能性がある」という参考情報であり、最終判断は人間が行う前提での運用設計が必要です。

価値観型の暗黙知 ——AI化の適性:限定的

「なぜそうするか」に関する知識です。経営理念、仕事への姿勢、品質に対するこだわり、顧客との向き合い方など、個人や組織の価値観に根ざした暗黙知です。

このタイプは最も言語化が難しく、形式知への完全な変換は困難です。ただし、経営者や専門家の発言・行動を記録し、対話AI(パーソナルAI)として構築することで、その人の「考え方の傾向」を参照可能にするアプローチは存在します(詳しくは社長ボットとは?の記事で解説しています)。

価値観型の暗黙知のAI化は、「正解を出す」のではなく「その人ならどう考えるかの参考情報を提供する」という限定的な役割にとどまる点を理解した上で活用する必要があります。

暗黙知を引き出す「知識抽出インタビュー」の進め方

暗黙知のAI化において、最も重要かつ手間がかかるのが、ベテランの頭の中にある知識を引き出す「知識抽出」の工程です。単に「やり方を教えてください」と聞いても、本人が無意識に行っていることは出てきません。

以下の5つの質問テクニックを使うことで、暗黙知の抽出精度を高められます。

テクニック1:具体的な場面から入る

「この業務で難しいのはどこですか?」のような抽象的な質問ではなく、「先週の○○案件で、どの時点でどういう判断をしましたか?」と具体的な案件を起点にします。具体的な場面を想起させることで、無意識に行っている判断プロセスが言語化されやすくなります。

テクニック2:「なぜ」を3回繰り返す

「この場合は○○します」という回答に対して、「なぜ○○するのですか?」と掘り下げます。1回目の回答は表面的なルールの説明にとどまることが多く、2回目、3回目の「なぜ」で初めて背景にある判断基準や経験則が出てきます。

テクニック3:失敗事例を聞く

「うまくいかなかった経験はありますか?」「過去にこの判断で間違えたことは?」と聞くことで、成功の裏にある注意点や例外ルールが引き出されます。失敗事例は、ベテランが無意識に回避している落とし穴を可視化する有効な手段です。

テクニック4:初心者との違いを言語化させる

「新人が同じ作業をするとき、どこで間違えやすいですか?」と聞くことで、ベテラン自身が「当たり前」だと思っている知識の中から、実は共有されていないものが浮かび上がります。

テクニック5:五感を起点にする

製造業や現場作業の場合、「音が変わったら注意」「触ったときの温度で判断する」など、五感に基づく暗黙知が存在します。「見た目」「音」「手触り」「匂い」「タイミング」のそれぞれについて、意識的に質問を投げかけると、言語化が難しいとされる身体知を引き出す手がかりになります。

インタビューは1回2時間程度を目安に、対象業務ごとに2〜3回実施するのが理想的です。録音してテキスト化し、AIの学習データとして活用します。

AIを活用した暗黙知継承の4ステップ

ステップ1:継承すべき知識の特定

すべてのベテランの知識をAI化する必要はありません。まずは、業務への影響度が高く、かつ担当者が限られている知識を特定します。「この人が辞めたら最も困る業務は何か」という問いから逆算するのが実務的です。

ステップ2:知識の抽出と文書化

前述の知識抽出インタビューを実施し、暗黙知をテキスト化します。同時に、既存の業務文書(手順書、対応履歴、メール、チャットログ)も収集します。ライオンとNTTデータの事例では、熟練者へのインタビューと幅広い役職の社員間でのワークショップを組み合わせて「勘所集」を作成しています。

ステップ3:AIシステムの構築

テキスト化したデータをRAGシステムに組み込み、社内チャットボットとして検索可能にします。技術的には、社内文書をベクトルデータベースに格納し、社員の質問に対してAIが関連する知識を検索・引用しながら回答を生成する仕組みです。

この段階では、AIの回答に必ず「参照元の文書名」を表示させることが重要です。出典が明示されることで、AIの回答の信頼性を利用者が自分で検証できるようになります。

ステップ4:検証と改善

構築したAIシステムの回答をベテラン本人に確認してもらい、回答の正確性を検証します。「AIはこう答えたが、実際はこの場合は例外がある」というフィードバックを反映することで、回答精度を段階的に高めていきます。

この検証・改善のサイクルを継続的に回すことが、暗黙知継承AIの品質を維持する鍵です。一度構築して終わりではなく、業務の変化に合わせてデータを更新し続ける運用体制が必要です。

AI化が難しい暗黙知とその対処法

AIですべての暗黙知を完全に再現することはできません。特に以下のような知識は、現時点のAI技術ではカバーが難しい領域です。

身体動作に根ざす知識。 「手の力加減」「道具の角度の微調整」など、身体で覚える技能はテキスト化が困難です。この領域では動画マニュアルやセンサー技術による可視化が有効ですが、完全な再現は難しいのが実情です。三菱総合研究所が提供する「匠AI」のように、センサーデータとAIを組み合わせて身体動作レベルの暗黙知を解析するアプローチも始まっていますが、導入のハードルは高い段階にあります。

文脈と状況に高度に依存する判断。 「この顧客にはこの言い方をしないほうがいい」「この取引先は今の時期は忙しいから別のアプローチをする」のような、複数の文脈が絡み合う高度な判断は、AIが再現するのは難しい領域です。このタイプの暗黙知は、AIではなく複数担当者制(クロストレーニング)やペア作業で直接的に伝承するほうが現実的です。

暗黙知の存在を本人が認識していないケース。 ベテランが「普通にやっているだけ」と感じている作業の中に、実は高度な暗黙知が含まれていることがあります。この場合は知識抽出インタビューでも引き出しにくく、実際の作業を横で観察し、初心者との違いを第三者が記録するアプローチが有効です。

まとめ

暗黙知のAI継承は、ベテランの退職や人材不足が進む中で、組織の知識資産を守るための重要な取り組みです。

成功の鍵は3つです。まず、暗黙知のタイプ(手順型・判断型・価値観型)を正しく分類し、それぞれに適した方法を選ぶこと。次に、知識抽出インタビューを丁寧に実施して、AIが学習できる品質のデータを確保すること。そして、AIの回答を過信せず、検証と改善のサイクルを継続的に回す運用体制を構築すること。

すべての暗黙知がAI化できるわけではありませんが、手順型の暗黙知を中心に、段階的にAI化の範囲を広げていくことで、「あの人がいないとわからない」状態を着実に減らすことができます。

テラバースでは、社内ナレッジの検索AIから、ベテランの判断基準を再現するチャットボット、経営者の理念を継承する対話AIまで、暗黙知のタイプに応じた生成AIソリューション開発を提供しています。暗黙知の継承にお悩みの方は、お気軽にお問い合わせください。